2019年06月07日

夕暮れの廊下でまったり寛いで

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ようやっと難読書だった1冊をなんとか読み終え・・・深堀箇所の掘り下げは一睡してからするとして、今日も1猫写真をUP(ρω*)゜o。




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政治・社会学者だの経済学だの界隈や、古い世代の政治家や官僚がらみ界隈の、読み物してると。
特に知性派世代ってやたら古事の引用や、やたら横文字織り交ぜた難文書くのが好きだから。

おバカな猫の脳みそがプスプス煙を吐くんだが、現代の文明の利器を使ったら猫でもなんとかなるもんだ(°ω°)


そんなこんなで、久々の読めんかったシリーズ(・ω・)ノ

久々に見返してみると1回は調べたモノも脳みその、中からするんと抜けとるし全部まとめて書いてみる。



奢侈(しゃし)、泰斗(たいと)、上梓(じょうし)、紐帯(ちゅうたい)、縷々(るる)、凋落(ちょうらく)、暗澹(あんたん)、俯瞰(ふかん)、揺籃期(ようらんき)、趨勢(すうせい)、訊く(きく)、領袖(りょうしゅう)、雌伏(しふく)、招聘(しょうへい)、私淑(ししゅく)、素封家(そほうか)、勃興(ぼっこう)、腰弁(こしべん)、進取(しんしゅ)、才走り(さいばしり)、公憤(こうふん)、反駁(はんばく)、潤色(じゅんしょく)、坩堝(るつぼ)、磊落(らいらく)、俊秀(しゅんしゅう)、夭折(ようせつ)、含意(ガンイ)、依拠(イキョ)、邂逅(カイコウ)、按手(アンシュ)、称揚(ショウヨウ)、難詰(ナンキツ)、錚々(ソウソウ)、黎明期(レイメイキ)、惨憺たる(サンタンたる)、刎頸(フンケイ)、毀損(キソン)、右顧左眄(ウコサベン)、気息奄々(キソクエンエン)、弥縫策(ビホウサク)、旗幟(キシ)、趨勢(スウセイ)、帰趨(キスウ)、硬骨漢(コウコツカン)、剣ヶ峰(ケンガミネ)、翻弄(ホンロウ)、踏襲(トウシュウ)、剽軽者(ヒョウキンモノ)、翻意(ホンイ)、諮詢(シジュン)、大命降下(タイメイコウカ)、嗤う(わらう)、雌伏(しふく)、督励(とくれい)、薫陶(くんとう)、寂寞(せきばく)、膂力(りょりょく)、乾坤一擲(けんこんいってき)、走狗(そうく)、痛痒(ツウヨウ)、畢竟(ひっきょう)、換骨奪胎(かんこつだったい)、所与(しょよ)、吝嗇(りんしょく)、畝(うね)、灌漑(かんがい)、嚥下(えんげ)


うむ


こうやって並べて見てみると、元々
「たぶんこんな読みだっけ?(・ω・)」レベルのも書き出してるから簡単なのもあるんだが、意味も含めすっぽりと記憶に残っていないのも既に数割あるだとか

ネコニハニホンゴ、ムツカシー(°ω°;)


今回の難読書は魑魅魍魎の巣窟で、長期にわたって君臨し未だ影響力があるような某古老妖怪みたいな爺様の、ヨイショ多めの経歴を分析しておる本だけど。

この人物も他にも調べた戦後〜バブル期くらいの有名政治家の、自伝や関係者証言の書籍はほとんど共通で、各種あらゆる裏金だとか密約や、いわゆる強行採決(暴力や妨害で議場に入れないとかそういうレベルのアレなやつ)をいかに上手くやったかて。
自慢めいて書いてるの、ホント碌でもないのよな( ̄ω ̄;)

(ちなみに「政治家1年生のお仕事は元気にヤジを飛ばす事!」みたいな、小学校からやり直せや!って言いたくなる指導内容も、何故か自慢げに若手に激を飛ばす系のシーンで方々に書かれてる。そらぁ、重鎮クラスの指導がこんな内容で、ソレが派閥内のお気に入りになるための手段なら。居眠りだの野次だの一般社会で出禁くらう状態が、お国の最高機関の議場で未だ消えないわけだわな)

当人(や業界人)達はその事が、ごく当たり前であったから。
法を守らんやりかたで、いかに法を骨抜きにご都合主義にしてったか自慢で語っておったりで。

法治国家?三権分立?
あぁ、愚民用の方便な。まさか信じておったのかね、君?

って言わんばかりの内容が、むしろソレが常識とされて動いておるんだが。


そうやって、散々むちゃくちゃしまくって、今のあらゆる問題の元を作った価値観で。
今回の人物が特に自分が力入れ推進してたと自慢げに語っておったそのモノが、かの震災で大事故を起こしてるって状況で、ソレに対する見解が
『文明に対する大自然の挑戦と日本人はいかに戦い、克服していったかを世界に見せる時だ』って


大自然に人間が『挑む』って、ソレすら本来自然を畏怖しつつ共生するって考えの、日本の土着の価値観で愚かでおこがましいてのに。
『文明に対する大自然の挑戦』って・・・

地球や太陽、宇宙とか、ちょっとのくしゃみ程度でのパワーで人間滅ぼせる、『大自然が』人間ごときの『文明に』挑んでくるってその見方、バッカじゃね―のて呆れたわい。

こんな認識しておれば、平然と物理現象ガン無視の精神論で暴走し、まともな制御を失った事故や問題起こすわな。

高度成長なんちゃらの時代に跋扈をしておった、こういう歪んだ発想や過大評価の妄想はさっさと捨てなきゃなのだけど。
ここらの事実を事実と認めない、ご都合主義的認識の無法者ほど現代は権力あるのが闇だわな。

人事権の掌握で資金や立場を握られて、刃向う気持ちをすっかりとここ30〜40年で折られてる。
ここの呪いの解き方は、かえって若い世代のが純粋培養されすぎて難しい気もするところ(°ω°;)


今回の書籍の最終章とかは、ごくごく近年とかまでは、今はただの演劇のやってる感を出す為のパフォーマンスになっておる。
その『刃向う手段』が有効に機能していた実例が、ちょこちょこ出てきておったのが一つ発見だったけど。


そもそもが、まともにルールを守らずに不正や無法な状態で作った法律なんてのが、ホントにまともな物として遵守するよな真っ当な有効性があるの?って。

そこの視点を持てないと、やられたい放題なんだろな(°ω°`)




ラベル:ミケ 三毛 夕涼み
posted by ノラ猫ポチ at 05:21| 屋根の上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする