2018年11月22日

立ち止まりクワッと見開き凝視して

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だいぶ小さくなってきた窓打つ雨音聴きながら、紅茶を入れていっぷくし今日も1猫写真をUP(・ω・)ノ



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昼ごろに
『真面目に勤勉に働けば、それだけで幸せになれるってそんな時代は終わってる』
って言葉が唐突に、ぽろっと脳に降ってきて。

そういやオイラの世代って、高校性になる前にバブルが崩壊しきってた氷河期ドンピシャ世代且つ、評価制職能給っていう名目の若者賃上げカットを初っ端に食らった世代(オイラの居った会社だと2歳上までは逃れてる)なのだけど。
76〜81年生まれに限定するならば、大卒より高卒が裕福な稀有な世代て言われてて。
大学行ってなくっても工業商業とかならば一人に対して5〜6社の倍率で求人きておって、こっちが選ぶ側として余裕で就職できてたし。
2000年代半ばから社により崩れてきてたけど、150でも200でも残業したぶんそのままで給料出ていた時代だし。

まぁまぁ時代を読みながら、そこそこ規模の会社への『就職』って選択とっとけば。
副業や投資なんかをしないでも20代半ばで家買って30代半ばには払い終え、ローンに追われることもない生活基盤を作るとか。
地道に地道に働いて多少の計画性さえ持ててれば、そんなにカツカツしなくても不運がなければできてたし。
そう言う意味ではオイラ達の世代が過ごしてた20代後半までならば、冒頭の上の『真っ当な幸せモデル』ってギリギリで生きておったんだよなぁと。

そんなことをぼんやりと、回想していた今日の午後。


で、


じゃぁ、『今』の時代のルールやら企業の仕組みはどうなん?って、そういう話なのだけど。

去年今年と加速して改悪されてる方向や給与形態見る限り、ただただひたすら実直にコツコツと素直に働くそれだけじゃ、吸い上げ絞られ奪われて到底到達できないし。
動労しておる人達にまともに給料払わんで、上や投資家様だけが潤おうようなシステムで黙々真面目に働いて。
そんなものを継続し存続させてしまうとか、自分で自分の墓穴を掘るようななんとも不毛な話だし。
悪意が上位に鎮座して色々操る世界だと、『目上のいう事良く聞いて真面目であるのは良い事だ』なんて洗脳は早々に捨てなきゃ抜け道ないよなと。

そもそもが、安定企業に就職し『雇われる』って選択が、一般ルートの標準の正解じゃ最早ないわけなのだけど。

こんだけ『大企業』てのが無慈悲な人切りだったりや、部門切り売りゲームやら、不正からの没落と「案的企業」なんてのは幻想だって現実を散々見せつけられておる今も。
それでも未だ就職がまともで普通な選択て、まだまだ洗脳されちゃうの。
猫なオイラにゃなんでだか、その辺いまいちわからない。


オイラの次の選択は、オイラの知りたい事をやる仕事がそれらを請け負ってやってる会社に入らなきゃ踏み込めぬそういうタイプの場所だから、企業に所属するていう選択をとらにゃなのだけど。

どうして就職したいの?の答えが『お金を稼ぐ』ためだとか、それをもっと突き詰めりゃお金が今の仕組みだと『生活の為』にいるからて、ソレが目的なのならば。
もっと根本的なので、実際地球で生き物が生きるのに必要なのってなんなの?て、そこを問うたら単純に生存可能な環境と衣食があれば良いわけで。
お金や企業なんてのは手段の一つでしかないし、ソレが害をなすんなら別を探せば良いのよな。


お金や仕事っていうとこの大義名分振り上げて、いらん毒物まき散らし一時のナニカを得たりとか、経済活性の名のもとに循環ルートを逸脱し収集着かないゴミとかをじゃんじゃん出すよな製品を使い捨てすることだとか。

そんな事に加担する企業に依存することが、この先100年持つかって軽くイメージしただけで一寸先は闇だわな。


石器時代に戻るとか江戸時代の暮らしをするだとか、そういう極端なとこだとかそういう話じゃないとこで。
本当に自分のこの先の暮らしにいる物や欲しいものとかある中で、先々にいらん不幸を招かない取捨選択はしたいわな。


最近はそこまで深く考えず、普通や便利と言われる道具や商品選択も、自分が疑問に思ったら変えてみるとかやっていて。

トイレの水に色が付き匂いを発してなくっても現代技術の水洗で臭みや汚れは出ないのに、ブルー〇ットで排水に浄化負荷をかけるとかいらないかって買うの止め。
テフロンの鍋は焦げ付かないけども、値段の高低差とかも大差なくどんなに気にして洗っても1〜2年で剥げてきて、毎回道具を捨てるってそれがどうにもモヤッし、使うほどに馴染んでく100%鉄製の鍋に買い替えしたりとか。
その他も洗剤やシャンプーその他も、マイクロ何チャラだシリコーンだフッ素だなんだを使うのはだいぶ避けていたりとか。

それで不便になるかって言うたらそんなこともなく、なんならものによったらばむしろ変更後の方が手間なく状態良かったり。

消費を正義とするような仕組が作ったものなんて、あてになりゃしないんだなと実感できちゃう時流だわい。


20代後半の一時に半年だけって条件でクレーム対応要員でドナドナ身売り(出向ともいう)をされちまい、合併企業の立ち上げでシステム部門の運営の人件費とかを削るため、短期で集中的にやるシステム運用のマニュアルやルールの作成やをやっていた時にも思ったことだけど。
自分が仕事をすることで、誰かが楽になったりや幸せになるものであるんだか、それとも安く使われて簡単に切り捨てされるよな人を量産しちゃうよな不幸を招くもんなのか。

そういう視点や選択の主導権はできるだけ、自分の手元にしっかりと持っていなきゃと思うわな。

(ちなみにこの時の出向は、自分にゃ色々身に着くが良くは思えん仕事であったから。条件通り半年で当初予定をクリアして、大クレーム現場だったのに顧客希望で更に追加契約されるくらいには仕事仕上げて引き渡し、オイラもメーカーのPMも半年越えたら会社ごと辞めるって自社に宣言しきって抜けておる。で、その後に入ったメーカー別部署チームでは顧客要望が過剰過ぎ双方折り合いつかなくて、半年待たず早々に途中で破談になったって風の便りで聞いておる。)

posted by ノラ猫ポチ at 07:31| キジ白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする